COLUMN

藤井誠のゴルフコラム

2020/04/13

1999年4月15日 JAPAN PGAリポートから(前半)

【ずいぶん前の話、私が日本プロゴルフ協会のティーチングプロ会員になったころ。
家族、そして恩師の助けを借りて2年半(1996年12月から1999年4月)のフロリダ州オーランドへのゴルフ修行をすることができた。
当時自分のゴルフスイング、考え方等、しっかり軸を作り、鍛えておかなければ絶対にだめだと危機感を持ったことがきっかけ。
この経験がなかったら、今頃何をしているのか?、、、考えるとゾッとする。そのオーランド滞在中に多くの有意義な経験ができたのですが、MOONLIGHT GOLF TOURというミニツアーの主催者との出会いに関して書いたものがあるので、ここに紹介したいと思います。
1992年に始まったこのミニツアーは、なんと今も続けられています。主催者フランク・マギーを知っているひとなら、30年近くもこのツアーが存在している理由は想像できると思います。
私は当時、日本にいるゴルファーたちにフランクのことを知ってもらいたくて、彼を独自取材しました。写真を撮り、リポートを書き、、、しかしそのどちらもたいした技術がなかったものですから、人の目に触れてもおかしくないような形にするのを助けてくれたかたがいます。日本プロゴルフ協会発行の機関誌「JAPAN PGA リポート」の制作を手掛けていた佐藤亘さんです。佐藤さんがリライトしてくださり、1999年発行の62号に載りました。
佐藤亘さんは私の恩師のひとりです。すでにお亡くなりになっていますが、アメリカ修行を終えて帰国したあと、何回か狛江駅の近くにある静かな店でお酒を飲みながらゴルフの話をしたこと、忘れられません。】



米国ツアー情報
ゴルフに対する愛情とプレーヤーに対する誠実さで6年間ミニツアーを主宰する米国人夫婦

PGAインストラクター 藤井誠

米国のフロリダ州キシミーでゴルフ修行を続けている日本PGA会員の藤井誠氏(インストラクター会員)から、米国で数多く行われているミニツアーのひとつ“ムーンライトツアー”について、自らの体験を綴ったリポートが届きました。
同氏は今後も米国でゴルフ修行を続ける予定で、日本のPGA会員でムーンライトツアーなど米国のミニツアー参戦希望者がいれば、便宜をはかりたいと言っております。また、ムーンライトツアーを主催するフランク・D・マギー氏からも「ムーンライトツアーへどうぞ」というメッセージが届けられています。(藤井氏の連絡先ともに別掲)
米国で盛んに行われているミニツアーについては、もう皆さんよくご存じのことと思います。毎週テレビで中継されている賞金総額が何億円というようなものではなく、その名が示す通りの小さなトーナメントです。そんなミニトーナメントでも、そこで生活を賭けたゴルファーが賞金稼ぎよろしくプレーしていることもあるのです。
日本ではまだまだ馴染みはないけれど、世界のゴルフの実質的な中心地、フロリダではミニツアーがとても盛んです。ここをステップに将来のタイガー・ウッズやアーニー・エルスを目指して修行する若者ゴルファーがたくさんいます。現在、大小含めて10近くのミニツアーがありますが、その中でスポンサーもつけず、ゴルフに対する愛情とプレーヤーに対する誠実さで、6年間にわたって自分たちのミニツアーを運営、発展させてきた夫婦がいます。彼らの名前はフランク・マギーとマリー・マギーです。
さて、マギー夫妻の運営するムーンライトツアーへの参加はこんなふうにして行います。出場を希望する者はまず試合日程をチェックして、出場希望日を伝えて申し込み、試合前日の夜、フランクに電話してスタート時間を確認します。当日、コースに到着したら、まずフランクに60ドルを支払います。これには練習ボール代、プレー代、カート代など全て含まれています。一試合にはだいたい40~50人が参加して、賞金は1位から8位くらいまで出ます。参加選手の人数にもよりますが、優勝賞金は150ドルから300ドルくらいです。
将来プロゴルファーになりたいという夢を持っている若者がいたら、なるべく早いうちにこのようなトーナメントを経験すべきだと思います。
今回私が是非紹介したいと思うのは、このムーンライトツアーを主宰するフランクとマリーのアメリカ人夫婦なのです。あえてプロゴルファーでなく、裏方に当たる立場の人たちにスポットを当ててみたいのです。彼らは大きな夢を持っています。それはどんな人種、年齢に関係なく、ゴルフ場がみんなの生活の一部になるような時代の到来です。日本では人種と言ってもピンとこないかもしれませんが、アメリカにおいて、特にフロリダではとても身近に感じることのできる問題です。特別な人たちだけでなく、子供も大人も誰でもゴルフを楽しみ、常にコースの中はたくさんの人がいて、社交場にもなっているような時代を夢見ているのです。
フランク・マギーは海軍在籍中にマリーと結婚します。ちなみにマリーのお父さんは海軍大佐でした。フランクは海軍除隊後、エンジニアの仕事をしながらアマチュアゴルファーとして試合に出ています。ジュニアの時からいろいろなタイトル戦に出場しています。その後、ミニツアーに参加し、2回の優勝経験を持っています。その時、彼が思い立ったのが手軽なエントリーフィで、プロを目指す若者達が訓練のために出場しやすいミニツアーの構想です。
当時からいくつかのミニツアーはありましたが、一日トーナメントで150ドル、3日間のトーナメントでは500ドルというエントリーフィで、ある程度の余裕を持っているプレーヤーでないと参加するのは大変でした。彼はそれを一日60ドルのエントリーフィで始めたのです。
最初のトーナメントは、たったの6人の選手が参加しただけでした。宣伝はコースなどに前もってビラを配りに行ったのです。一年目は試合の数も月に一回のペースです。もちろん赤字で他の仕事をしながらの運営です。それでも、よりよいコースでトーナメントを開催できるように交渉したり、コストを抑えるために人の手を借りずにコツコツと続けていきました。その間、ミニツアーと名のつくトーナメントがいくつもできたかと思うとつぶれていきました。主催者が安易に金儲けに走ったり、参加選手への充分なケアができなかったりしたためでしょう。いくつかのミニツアーはゴルフ企業のスポンサーを付け賞金額を高くしています。それはもちろん選手達にとって大きな魅力になりますが、主催者側が長い目で将来にわたるビジョンを持っていなかった場合、ただの単発の花火のようにすぐに消えていってしまいます。
フランクは、初めてミニツアーを主催してから今に至る6年間で、スポンサーを考えずマリーと2人で参加してくれた選手一人ひとりを大切に育てる気持ちで、ツアーを運営してきたのです。その間、少しずつ参加選手は増え続け、1998年は年間約230試合をこなすに至り、選手の数も2000人を数えるほどになりました。エントリーフィの60ドルがどのように使われていくのか?参加した選手が一目でわかるようにフランクのそばには、いつもノートが並べられていて、誰でも好きなように見ることができ、またフランクに質問をすれば、丁寧に答えてくれます。一日トーナメントで1位になった場合の賞金額は参加人数(当日の)によって変わりますが、だいたい150ドルから300ドルです。選手が一度試合にでるたびにエントリーフィの中から1ドルを積み立てていき毎年3月に行われるスペシャルトーナメントでその積立金をすべて賞金として使うことになっています。
2か月後の99年3月に行われるスペシャルトーナメントには9000ドルが賞金となる予定です。そして今年からはもっと下位の選手にも賞金を渡したいということと、積立金を2ドルにしたいということから、エントリーフィを75ドルにしています。それにしてもリーズナブルには変わりありません。

私は実際に2日間、フランクについて、どのようにしてこのムーンライトツアーを運営しているのか見せてもらいました。2月22日のHuntington Hills(ハンティントンヒルズ)のトーナメントの後、彼の車の後について1時間半走り、彼らの家までお邪魔させてもらいました。まず奥さんのマリーの仕事は、当日のトーナメントを終えたフランクが持ち帰った資料を整理することから始まります。選手の誰がいくつ打ったのか?賞金はいくらだったのか?全て、彼女の手製ファイルに書き込まれていきます。「私はコンピューターを信じないの。」と笑いながら言うだけあって、手書きのファイルが、デスクの上の箱の中にギッシリと詰まっていました。彼女の足元には去年までの資料が息子の靴箱を使って作った箱の中に入れられ、いくつか積まれていました。
マリーは子供達の世話をしながら夕食の準備をし、ちょうどみんなで夕食を始める頃、次の日に出場する選手達から試合のスタート時間の問い合わせの電話がひっきりなしにかかってきます。選手は前もってエントリーした後、こうして前日の夜7時から9時の間にマリーに電話して確認することになっているからです。9時過ぎてもかかってくる場合もありますが、その点日本人は時間をキチッと守るし、無断で欠場することもないのですばらしいと褒めていました。
全ての選手達からの電話が終わるとマリーは、次の日の組み合わせ表を手直ししたり、他に必要なインフォメーションの書類を揃えたりします。たまに、自宅の玄関を開けてすぐ左にある特設の二人のオフィスのイスで寝てしまい夜中に目を覚ますこともあるとか。そうして揃えた物を、次の日の朝早くフランクは車に積み込みコースに向かうのです。それは午前4時半だったり5時だったり、、、、、、。こうしてフランクとマリーのお互いの信頼で作られた連携プレーが続けられていきます。
試合のスケジュール表を見るとわかりますが、金曜、土曜以外は必ずどこかのコースでトーナメントが行われています。組み合わせ表など関係書類を持って、フランクはひとり車であちこちのコースに向かうのです。
(後半に続く)