COLUMN

藤井誠のゴルフコラム

2020/04/13

1999年4月15日 JAPAN PGAリポートから(後半)

日本では想像もつかないかもしれませんが、このセントラルフロリダを中心にしていろいろなコースを使用しているMoonlight Tourは、その一つひとつのコースとフランクの家との距離が遠いところでは、東京から郡山くらいまであるのです。実際フランクの家がタンパよりも西のメキシコ湾近くにあるので、中心から東西南北に移動するのではなく、いちいち最西端まで戻らなくてはならないので大変なのです。ちなみにひと月の平均走行距離は約6500キロメートルとのこと。この日、Legends(レジェンド)で行われた試合のスタートタイムは10時ちょうどだったのでフランクは8時にはコースに着いて、小さな露天商よろしくホワイトボードや宣伝用の書類等をプロショップの近くに並べます。コース側のマネージャーと常に理解を深めているのでスタッフも快く彼の行動を見つめています。その後、まず一台のカートを借りて、1番ホールから18番ホールまで当日のピンポジションを実際に彼の目と歩測で確かめに行きます。だいたい45分くらいその作業にかかるとのこと。私もくっついてみましたが、カートを止め、グリーンまで駆け足、・・・・そして歩測、ピンシートにマイナス、プラスのヤードを書き込んで次から次へ・・・・。まだ誰もプレーしていないコースは、本当に気持ちいいと彼は言っていました。1時間前(スタートの)になると選手がエントリーフィを払い込みにくるのを待ち受けます。
丁寧に一人ひとりにレシートを渡しながら必ず「グッドラック」と言って励ましていきますが、決して強い選手とそうでない選手の差別などしません。みんなと同じく接していきます。そしてスタート時間15分前になると、ホワイトボードにエントリーフィは1番ティグランドで受け付けますとの伝言を残し場所を移動します。練習場にいる選手やパッティンググリーンにいる選手の名前を呼んで、それぞれのティタイムを知らせます。各パーティにスコアカード、あらかじめコピーして切り取ったピンシートを渡し、ローカルルールなどの説明を加えます。朝、ピンの位置をチェックしたときにフランクは素早くコースの芝の状態なども見て、臨時のルールを作る場合もあるのです。そして、とても距離の長いパー4のホールでピンが手前の場合など、風の影響を考え、彼の判断でティマークを動かし距離を短くすることもあります。ただ長くてタフな状況でプレーすればいいと言うものではないとの考えからです。(選手だったら勝手にティマークなどを動かすと管理の人に怒られそうですけどね。)
10分おきに全ての組がスタートし終わってからフランクは、またカートに乗り込み選手達がプレーしているホールの間をぐるぐると回って、ルール上のトラブルなどあった場合に競技委員の役割を果たせるように備えています。そして途中2ヵ所でビデオカメラを設置し、選手のティショットを前方からと飛球後方からの2パターン収めます。それはプレー終了した選手達が自分自身のスウィングをチェックできるようにするためです。そうしてコース内を走り回った後、トップグループがあがってくる前にプロショップに戻るのです。次は選手達のスコアカードのチェックをはじめ、次々とみんなのスコアはフランクお手製のホワイトボードに書き込まれていきます。たまたま、そこを通りかかった人たちも興味深そうにホワイトボードの数字と名前をのぞき込んでいったりします。アンダーパーを出さないとなかなか賞金にはありつけませんが、この日のトーナメントはコースが難しく、平均スコアはいつもより高くなっていました。スコアが良かった選手はみんなが終了するのを待ったのち、フランクがその場で小切手に金額を書き込んだものをもらうわけです。小切手を渡すとき、フランクは必ず握手をして、その日のプレーを称えることを忘れません。
ひととおりの作業が終了した後、たまに選手からアドバイスを求められる場合があります。そんなときは知っている限りの情報を根気よく話したりもしています。その後は自分の持ってきた七つ道具をしまい込みコースのマネージャーに挨拶をして、ホンダのオデッセイに乗り込み家路を急ぎます。ちょうど夕方から彼の家がある方向へのハイウェイが決まって混み始めるからです。12月23日、一年間230試合の仕事をやり終えたフランクは、仕事の道具を車にしまい込み、走り出すとき、さすがにホッとした表情でとてもうれしそうでした。次の日からクリスマス休暇が始まります。


私は2日間、フランクの仕事ぶりを彼の家まで行って取材させてもらいました。彼の家では私の妻共々夕食をごちそうになりました。16歳を頭に4人の子供がいます。私が小さい頃イメージした典型的なアメリカの家族の姿がそこにありました。背の高い大黒柱たるお父さんがいて、明るいお母さんと笑顔がきれいでどこまでも素直な子供達。フランクは食事の後、私と私の妻を彼らの寝室まで入れてくれ、そこにあった小さなアルバムを見せてくれました。それらは全く同じ写真が入っていて、フランクとマリーの結婚式から始まり、子供達の誕生となっていくのですが、いつかアルバムが完成したとき、4人の子供に渡すのだと言っていました。ちょうどクリスマスイブの2日前だったので、彼らの寝室には子供達へのプレゼントがきれいに包装されて置いてありました。フランクがベン・ホーガンに出した手紙の返事や、アマチュア時代のバッジとかも見せてもらいました。家の中には贅沢な調度品のようなものはなく、とても質素な印象を受けました。ですがそこにいる家族は、お互い愛情にあふれ、尊敬し合っている光景を与えてくれました。
Moonlight Tourはセントラルフロリダだけでなく、フランクの意志に同調した人々の協力を得て、東へ南へ北へとフランチャイズ化していきます。規模はまだ小さいものですが、将来は他の州のミニツアーとも連携をとり、選手が動きやすくなる状況作りと、更にはNike Tour, PGA Tourへのステップアップを明確にしていきたいとの構想があります。(現在あるのは、Moonlight East, Moonlight South, Nature Coast)そして各みにミニツアーのチャンピオンを集め、どこかで、チャンピオンシップを開催し、その中には、日本も入っているとか。今は夢ですが、、、、。
1999年、年は変わり、1月3日から週5本ペースのトーナメントはすでに始まっています。相変わらずフランクは、ひとつひとつ丁寧に仕事をこなしていくことでしょう。ひとりの選手に常に誠実に接していくという心情をモットーとして。
 終わり。



あとがき

自分のHPのコラム欄で紹介したいと考え、1999年のJAPAN PGAリポートに載ったムーンライトツアーの記事を久しぶりにじっくり読み返すことができました。
ああ、あのときこんなことをしていたんだな、、、、って、懐かしい気持ちでいっぱいになりました。
このリポートを書いたとき、フランクが始めたムーンライトツアーは6年目だったそうです。それがなんと現在でもフロリダでは行われているのです。28年も続けている、すごいことだと思う。
フランクの誠実さ、ゴルフ愛の深さ、そして彼の家族の献身的な協力を持ってすれば当然のことかもしれません。
2012年に亡くなった私の妻もあのときたまたま日本から来ていて、一緒に行っていたんだ!と読んでみて思い出した。良い時間だったなあ。
マギー家と私たち夫婦、全員揃ってテーブルを囲み、夕食をいただく前にお祈りをしたこと、、、いまとなっては素敵な思い出です。

来年、3月にフロリダに行ったらフランクに会ってこよう。ムーンライトツアーにも参加してこよう。